高橋是清の展示

当園に収蔵されている高橋是清邸は、赤坂にあった政治家の高橋是清邸の主屋部分を移築したものです。是清は本所押上から赤坂へと移り住み、1902年(明治35)にこの家が完成してから、1936年(昭和11)の2・26事件で暗殺されるまでの30年あまりをこの家で過ごしたそうです。
高橋是清は、1854年(安政元)に江戸の芝で生まれ、間もなく仙台藩士の高橋家の養子となりました。14歳で藩からアメリカ留学を命じられ渡米したが、明治維新を知り帰国しました。その後は、書生、翻訳業、教員など職をかえて39歳で日本銀行に入りました。日露戦争の折りに外貨募集に成功し、58歳で日銀総裁となります。60歳で財政手腕をかわれ、大蔵大臣として入閣。7度の大蔵大臣のほか、農商務大臣、総理大臣をも経験しました。
多忙な日々のなかで、是清はこの家に帰り、家族との団らんや夕食をなによりの楽しみにしたと言われています。また晩年は孫を連れて庭を散歩する姿が見かけられたと言われています。夕食後は風呂を浴び、二階の寝室と書斎でラジオを聴いたり読書をしたりして過ごしていたそうです。そして、この二階の部屋で是清は暗殺され、波瀾に満ちた生涯を閉じたのです。

本年は2・26事件が起こってから75年目を迎えます。

たてもの園では現在、高橋是清に関係する資料を邸内にて展示しています。

是清の愛用品です。

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